4FRD

映画・ゲーム考察

TELL ME WHYの構造について

TELL ME WHYが難しいストーリーだな、と思うのは…

タイラーがトランスジェンダーであることによって、プレイヤーは彼をマイノリティ=弱者側であるという先入観にしたがってみてしまい、保護・正当化しようとすること

実際彼自身にも被害者意識がある

 

けれども彼にとっては予期しなかった事実が判明していくし、双子は信頼できる語り手でもない(小説手法的には「信頼できない語り手」に該当する)

 

なんだけど、ゲーム側が極力、プレイヤーを騙さないようにしている…映画だったらもっと極端に、ミスリードを誘ってプレイヤーに嘘のアイデアを吹き込んだあとで真実を開示するんだけど、TMWの場合は先入観を与える演出を極力控えていて、できるだけ事実しか提示しない。

 

(ただし、双子それぞれの記憶が「嘘」としてプレイヤーを誘導する要素とはなり得る)

 

映画が先入観を与えるというよりは、プレイヤーの姿勢、元々普段から有している認知(の歪み)が先入観として試されているような気にもなる

 

先入観(=プレイヤーが何になりたいか/何を望むか)はフィクションを娯楽にする(消費者に快感を与える)要素たり得るのだけど、先入観に基づく娯楽要素を極力排除していて、それゆえにゲームの想定する人格の安定したモデルというものが浮かび上がるのだけど、一方でそれはゲームを無味乾燥/淡白にする要因でもあり得る。(もちろんグラフィックも音楽もストーリーも繊細で、優しく、誰も傷つけないし論争も巻き起こさない)

 

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人間には社会性があり、それゆえに日常生活においては様々な感情や欲望をいったん引っ込めて、協調性や合理性のもとで生きているんだけど、映画などのフィクションはそういった情動をそのまま発露させてくれて、登場人物が肩代わりしてかなりに行動し、自己実現させてくれたりする

 

多くの娯楽は、人間の奥底にある情動を「そのままでいいですよ」と肯定して表出させるんだけど、一方でそれはまさにご都合主義で、映画の悪役は主人公に都合のよい悪人だから気持ちよく、良心の呵責を感じさせずに叩かせてくれたりする

 

けれどTMWはそういった都合のいい世界観を相対化し、いったん遠くに追放している。それは主人公(双子)に対しても要求されるし、双子の周囲の人物たちに対しても要求される

 

それは退屈さでもあるし、倫理的で、かつ、正しい(事実を正しく認識し、かつ、協調的である)ということでもあるのかもしれない

 

そういった地平が見えてくる良作であるなあと思う。

 

雪と氷で覆われた死んだような世界と、屋内の暖かさ、人の温かみ。アラスカという設定には、「このゲームはプレイヤーを興奮に駆り立てるものではない」という意図も感じられる

 

出典 https://x.com/4fraid_video/status/1738862915476951306?s=20

 

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「視聴者の潜入感(潜在意識)をつかんで表象にしてやる映像作品というもの」と、「先入観の許されない差別と平等の問題」が折衝している作品、ということになるかな。

 

出典 https://x.com/4fraid_video/status/1740215735170077062?s=46&t=f08eI0ZKof8UZTVXOuUzyw